朝倉鈴は惑星ニッポンに所属する機族である。
      今日も七瀬家の安寧を影から支えるため、ひいては地球の平和を守るために出動中である。
      
諜報型機族≒変身ヒーロー
      「あら?」
      時台屋の永岡四季がその小さな影を見つけたのは、朝の学校への道すがら。
      住宅地にぽっかりと空いた小さな空き地。
      夏真っ盛りの今は、雑草がわがもの顔で占拠している。
      同時に心無い人によって古雑誌やごみなどもそれに混ざって見え隠れする。
      そこから小さな煙が昇っていた。
      煙を前に右往左往する少女。その後姿に見覚えのあった四季は声をかけようとする。
      「あの、鈴ちゃ…」
      その時だ!
      「これは火事ですね! 不肖・朝倉鈴、地球の平和のために消火活動を開始します!」
      彼女の後姿がポーズをとった。
      「たぁ!」
      跳躍――彼女は宙に舞う。
      それを呆然と見つめる四季。
      「ロケット、ライオン丸!」
      空中で鈴が叫ぶと同時、天空から一条の光が彼女の肢体を打った!
      思わず目を瞑る四季。
      光が収まったそこには、銀色の防火服をまとった消防士スタイルの鈴がいた。
      「変身ヒーロー……って、今の掛け声は風雲ライオン丸?!」
      昭和40年代の変身ヒーロー『風雲ライオン丸』の掛け声を用いる鈴も鈴だが、それにツッこめる四季も四季である。
      「やー!」
      迫力のない掛け声とともに鈴のもつホースから水が噴き出し、空き地に小さく生まれた火を瞬時に消した。
      「タバコのポイ捨てはいけません!」
      燃えた古雑誌の合い間に見えるタバコの、焦げたフィルターが完全に水を吸い込んでいるのを確認した彼女は四季に気づかずに歩き出す。
      「あ、えーっと」
      呼び止めるタイミングを逃してしまった四季はあわててその後ろを追いかけた。
      「鈴ちゃ……」
      追いついて、その小さな肩を叩こうとした時だ。
      「いたっ!」
      鈴の進む少し先で小さな子供が転んだ。
      膝を擦りむいたらしく、道ばたで目に涙を溜め始めた。
      「これは大変です」
      鈴は呟き、空を見上げる。
      「とぅ!」
      再び宙に舞った。
      「アイアンショック!」
      掛け声とともに先程と同じく光が鈴を打つ。
      「今のはアイアンキングが変身するときのセリフ……通ね、鈴ちゃん」
      これまた昭和40年代の変身ヒーローである。
      どうやら鈴の取り寄せている資料は幾世代か古いもののようだ。
      光の中、鈴のコスチュームは白衣に変わる。
      ポニーテールの頭にはちょこんと、十字の印のついた帽子が乗る。
      ナースだ。
      「ナース鈴ちゃん、登場です! はーい、ボク〜、お姉さんに怪我を見せてみてー」
      なにやら性格までハイテンションになったように見える鈴。
      それを見た子供は一瞬顔が引きつり、次の瞬間には全力で駆けて逃げていった。
      「あ、あれー?」
      力の奮い所がなく呆気にとられる鈴。
      「ま、いいか」
      ”いいんだ……”
      あっさりと気を取り直して鈴が進む先は七瀬家だ。
      2階建てのアパートの一室。
      その前で足を止めた鈴は再び宙を舞った。
      「イー・エス・パー!」
      ”今度は高速エスパーですか”
      もはや何も言わずに四季は、奇怪な言動を続ける鈴を眺めながら思う。
      ちなみに高速エスパーとは昭和40年代に東芝のマスコットにもなった少年変身ヒーローである。
      ともあれ、次に鈴が変身したのは―――
      ふわっとしたエプロンドレスに身を包んだメイド姿だ。
      そして右手にはお盆を持ち、その上には………
      バタン!
      鈴は玄関を元気よく開け、
      「コーヒーできたぞ、飲みやがれー!」
      と、鈴の動きが硬直した。
      「朝から元気ですね、鈴さん」
      ギロリとバチスカーフに睨まれる鈴。静かな迫力が彼女を黙らせたのだ。
      「その格好は何です?」
      「あの…メイド、です」
      バチスカーフは鈴の手にしたコーヒーを手に取り、一口飲んでから一言。
      「冷えてますね」
      「ご、ごめんなさいっ!」
      「それ以前に貴方のメイド観は間違っています」
      「そ、そうなんですか?! 私は監察官さんに教えて貰った通りのことを…」
      バチスカーフは溜息1つ。
      「家のことは私がやっていますから。そうそう、鈴さんに一つお願いしたいことがあるんですがよろしいですか?」
      「はい、なんなりと!」
      元気に答えた鈴の両手に、弁当箱が一つ乗せられた。
      「成恵様がせっかく作られたお弁当を忘れてしまいまして。届けていただけますか?」
      「合点承知です!」
      ない胸を張って鈴は答え、七瀬家を飛び出すように出発した。
      駆けてくる鈴に、今度こそ四季は声をかける。
      「鈴ちゃ…」
      

しかし鈴は四季に気づくことなく学校へ向かって疾走していった。
      慌ててその後を四季は追う。
      数分走ると成恵達や、そして四季も通う中学校が見えてくる。
      「はぁ」
      その校門で足を止めている鈴の姿を見つけて、四季は足を止める。
      気づけば遅刻ギリギリの時間だ。
      周りには四季以外にちらほらと走って校舎に向かう生徒の姿があった。
      「ここは生徒に変装して侵入ですね!」
      ちょっと大きな独り言を言う鈴に、思わず四季は微笑む。
      「あの、鈴ちゃん」
      私が持っていってあげる、そう告げようとしたが遅い。
      「ミラースパーク!」
      掛け声に応じて光が鈴を包む。
      「今度はミラーマン………あっ」
      「え?!」
      驚きは四季と、そして鈴本人から。
      鈴の体を包むのは、中学校指定のセーラー服ではなかったのだ。
      ない。
      
な に も 着 て い な か っ た 。
      「あ、そう言えばまだ制服は仕立ててなかったっけ」 
      失敗失敗と、一人笑う鈴を中心に世界が停止していた。
       
校舎へ急ぐ生徒達は足を止め、校門でそんな生徒達を見届けていた生活指導の教師も口をあんぐりとあけて呆然としている。
      裸の鈴はそんな固まった人々の中、見知った顔を見つける。
      「あ、四季さん。このお弁当、成恵さんにお渡し願えませんか?」
      「……え、ええと」
      右手にぽす、と弁当箱を置かれる四季は足早に去っていく裸の鈴を呆然と見送りながら呟いた。
      「私、この学校の生徒じゃないんですけど……」
      き〜んこ〜んか〜んこ〜ん♪
      始業のチャイムが鳴り響き、ようやく固まった世界が動き出す。
      「あ」
      チャイムの拍子に気付いたのだろう、弁当を手にした四季は己の左手に下げた通学カバンを見つめて、苦い笑いを浮かべる。
      「私、遅刻しちゃいましたね」
      こことはまったく正反対の位置にある中学校の方向を遠い目で見つめつつ、右手の弁当の重さを感じながら、「とりあえずどーしましょう」と途方に暮れる四季であった。
      なお、後に鈴はテイルメッサーに長々とお説教を食らったのは余談である。
      
      
おわり