成恵の世界な偽装民家お茶の間
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応接間 玄関
「いってきまーす!」
お父さんに手を振って家を出る。今日はゴミの日。手にしたゴミ袋を階段下の共同ゴミ捨て場に投げ込…置こうとしたとき、私はそれに気づいた。


撲殺宇宙人


「カーズちゃん、おはよう!」
「おはよう、成恵ちゃん。」
 いつもの待ち合わせ場所。先に来ていたカズちゃんを見つけて私は駆け寄りながら挨拶した。ちょっと勢い余ってカズちゃんにぶつかりそうになったけど、カズちゃんの腕にしがみつく形で止まることができた。
「ちょっと、成恵ちゃん、危ないよ。」
「えへへ、ごめんね、カズちゃん。ありがと。」
 カズちゃんの顔がちょっと赤い。ちょっとくっつぎすぎたかな?と思って、カズちゃんから一歩離れる。
「ちょっと重い物を持ってたから、勢いがつき過ぎちゃった。」
「重い物?持ってあげようか?」
 そう言ってカズちゃんが手を差し出してきたが、私は首を横に振る。
「ううん、大丈夫。これなんだけど。」
 私は『それ』をカズちゃんの前にかざした。
「素敵なバットでしょ?今朝、アパートのゴミ捨て場に捨ててあったの♪」
 見る見るうちにカズちゃんの顔が青ざめる。どうしたんだろう?
「な、成恵ちゃん、どうしたのそれ?」
「だから、ゴミ捨て場に捨ててあったんだってば。」
 カズちゃんがふるえる指で、その『バット』を指さしてくる。かざしたままなのも疲れるので、私はバットを一振りしてみた。うん、絶妙のバランス。これはいいバットだ。
「何?そのトゲトゲがいっぱい付いたいかにも凶悪そうな物体は?」
 壁に張り付いたままガタガタ震えながら、カズちゃんが聞いてくる。何か怯えているようだ。何でだろう?
「何って、バットだよ?」
「そんな凶悪なバットがあるかぁーっ!!?」
 取り乱しているのか、カズちゃんが彼らしくない口調で叫ぶ。
「だって、『何でもできちゃうバット』ってここに書いてあるし。」
「今すぐ元の場所に戻してきなさいっ!!」
「えー、だって『何でもできちゃうバット』だよ?」
「いいから、早く!」
 アパートの方を指さしてカズちゃんが叫ぶ。ひどいよ、カズちゃん。七瀬家の家訓はもらえる物は遠慮せずなんだよ?しかも、こんな素敵なバットを捨てるなんてもったいないし。カズちゃんの…
「カズちゃんのバカァーッ!!」


 気づいたときには、私はそのバットをフルスイングしていた。バットが風を切る音、水気を含んだ物が打ち付けられる鈍い音、破砕音、水がまき散らされる音、柔らかい物がいくつも落ちる音。そして手に残る嫌な感触。
「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
 手から力が抜けて、バットが滑り落ちる。 
 え?今、私何をしたの?未だ嫌な感触の残る手のひらを見つめて自問する。それ以外の物は見たくない。見てはいけない気がする。足になま暖かい液体の感触を感じて、私は自分が地面に座り込んでいることに気づいた。
どうしよう、どうしよう?頭の中で思考がぐるぐると空回りする。空回りする思考はどこにも行けずにただただぐるぐる回る。と、唐突にその思考に何かが引っかかった。

『何でもできちゃうバット』

 近くに落ちているはずのバットを手探りで探す。目が見えなくなったわけではない。ただ、視線を動かしたくなかった。幸いにもバットは手の届く範囲に転がっていた。指先に触れたバットを引き戻し、グリップに目を走らす。そこに救いの呪文が記されていることを信じて。


 それを読むのには酷く時間を要した気がする。そこに何かが書いてあることは見えるのに、その文字の意味するところがわからない。未知の言語で書かれているわけではない。気が動転していて、視覚情報と言語情報が一致しない。それでも、私は必死にその文字の意味するところを理解しようとした。
「ぴぴる、ぴぴるぴ、ぴぴるぴー!」
 やっと、頭の中に入れることのできたその呪文を叫ぶ。バットを握りしめて私は必死に祈った。
「カズちゃん、カズちゃん、カズちゃん、カズちゃーん!!」
 瞼を閉じていたのに辺りが暖かい光に包まれるのがわかった。


「大丈夫、成恵ちゃん?」
 その声に目を開くと、カズちゃんが目の前にいて、私に手をさしのべてくれていた。
「カズちゃん、カズちゃーん!!」
 バットを捨てて、カズちゃんの胸に飛び込む。それと同時にカズちゃんの温もりが私を包み込んだ。私の大好きな温もり。
「ごめんね、ごめんね、カズちゃん!!」
「えーと、よく覚えてないけど大丈夫だよ、成恵ちゃん。」
 行き場に迷っていたカズちゃんの腕が私の背中に回される。それだけで私は安心感と幸福感に包まれた。
「…あのバット捨ててくるね。」
 ずっとこうしていたかったけど、私はカズちゃんの胸から離れて告げた。カズちゃんが笑顔を返してくる。そうだ。カズちゃん以上に大切な物なんてどこにもないのに。私…
 カズちゃんの温もりへの未練を断ち切って思い切りよく体ごと振り返った瞬間、目の前に何かが現れた。


「「鈴ちゃん!?」」
 カズちゃんと私の声がハモる。目の前に空間転送してきたのは、監察庁の鈴ちゃんだった。
「はい、監察庁です。危険物の回収に伺いました。」
「危険物?」
 作業着を着た鈴ちゃんが敬礼して告げるのを聞いて、私は気になる単語を聞き返した。
「はい、そこのバットです。人間の破壊衝動を増幅させるとっても危険な品物です。」
 私の問いに鈴ちゃんが笑顔で答える。
「やっかいなことに再生の力も兼ね備えているため…えーと、破壊に対する…精神的な抑止力?を失わさせるという心理的トラップが…」
 つっかえながら、最後はあんちょこを見ながら鈴ちゃんは続けた。
「どうしてそんな物がここにあるのよ!?」
 詰め寄る私に一歩引きながらも鈴ちゃんは首を横に振った。
「それは、守秘義務に抵触するため答えられません。」
「何でよ!?」
「えーん、しゃべっちゃダメだって言われてるんですー!」
 なおも詰め寄る私に鈴ちゃんは涙を浮かべて答えてきた。そこにカズちゃんが来て、私の肩に手を置いて一歩下がらせてから、鈴ちゃんに問いかけた。
「それならバットのこともしゃべるのはまずいんじゃないの?」
「それについては大丈夫です。」
 鈴ちゃんはそう告げると、かっと目を見開いた。鈴ちゃんの瞳が機族特有の機械的な物に変化する。私はその瞳から目を離すことができなくなっていた。これは…精神操作電波!?
「ごめんなさい、成恵さん、和人さん。私だってこんなことしたくありません。でも、あなた方にはこんなこと知って欲しくはないんです。知っちゃいけないんです。」
 とぎれかけた意識の中で鈴ちゃんのそんなつぶやきを聞いた気がした。


「あ、えーと、なんだっけ?」
 ちょっとぼうっとしてしまったらしい。しきり直す意味で、私は目の前にいる鈴ちゃんに問いかけた。
「あのバットを回収します。先ほど説明した通り、アレは危険な物なので。」
「うん、そだね。持っていっちゃって。」
「あんなので殴られたら死んじゃうし。」
「あ、酷い。いくら私だってあんなものでカズちゃん殴ったりしないよ。」
 茶々を入れてきたカズちゃんをぽかぽかと叩く。鞄で必死にガードするカズちゃん。そして、それを見て微笑む鈴ちゃん。
「仲良しさんなのは結構ですが、そろそろ行かないとまずくないですか?」
「へ?」
 一瞬なんのことかわからなかったが、カズちゃんが時計を見ていたので私もそれに気づいた。
「えー、もうこんな時間!?」
「走んなきゃ!」
 あわてた様子で駆け出そうとするカズちゃん。私はその腕を掴んで引き寄せた。
「緊急事態!空間転送してもいいよね?」
「…うん、転送先にはくれぐれも気をつけて」
 一瞬思案顔を見せた後、背に腹は代えられないと言った感じでカズちゃんが答えてきた。それを確認してからコネクタを作動させる。
「じゃ、鈴ちゃん。危険物回収よろしく!」
 そう言い残して私はカズちゃんと学校に空間転送した。

…ちなみになぜか、転送先に金原先生の車が停めてあった。


エピローグ

「監察官、ターゲットの回収に成功。無事帰還しました。」
「うむ。よくやった鈴君。お手柄だ。」
 敬礼して報告すると、テイルメッサー監察官は、そう言って頭をなでてくれた。
「そのくらい私たちが回収してくるのに。」
「私たちではダメだったようですよ。」
「うむ。君たちではあれに魅入られ放浪機と化す恐れがあった。あれに触れて無事でいられるのは、高レベルの精神制御障壁を持つ鈴君だけだ。」
 蘭ちゃんと麗ちゃんの言葉を受けて監察官が説明する。内容はよくわからなかったがどうやらほめられているようなので、照れ笑いをしてみた。
「でも、なんて危険な物を。それに卑怯ですわ!」
「自らの手は汚さずか。全く正々堂々来やがれってんだ!!」
「この件については後日徹底して調査を行うが、成恵君達の事については極秘とする。以上。」
 監察官は半ば強引に話を打ち切った。蘭ちゃんと麗ちゃんが納得行かないと言った表情で敬礼している。私もそれに倣って敬礼した。


「えーと?」
 監察官が立ち去ってから二人に話しかけてみる。途端に険しい表情だった二人の顔から力が抜ける。
「大丈夫。君が気にする必要はないんだ。」
「ごめんなさい。辛い任務を任せてしまって。」
 二人が私を包み込むように抱き寄せる。二人の温もりと真心が伝わってきてとても幸せな気分になれた。
「大丈夫、私も、和人さんや成恵さんだって無事だったんですから。」
 抱きしめられた胸の中から二人を見上げる。とびきりの笑顔で。
「うん。お帰り、鈴ちゃん。」
「鈴ちゃんはいつまでもそのままで。」
 二人の言葉に頷いてから、私は、帰ってきてから考えていたことを二人に提案した。
「で、任務も終わったことですし、ご飯食べに行きませんか?地球まで。」
 その言葉を聞いて、二人が顔を見合わせる。私まずいことを言っただろうか?
「ぷっ」
「あははは」
 二人は急に笑い出した。蘭ちゃんがバンバンと私の背中を叩く。
「はは、それでこそ鈴ちゃんだ!」
「えぇ、行きましょう地球へ」

 その日の朝ご飯は香奈花さんに教えてもらったカフェテラスで食べた。とってもおいしかった。

(了)


・あとがき

 初めはギャグのつもりで書いていたのに、気づいたらなんかシリアスな話に。成恵が和人を撲殺して平常心でいられるわけはないよなぁ。と思ったら、こんな方向に。元ネタは「撲殺天使ドクロちゃん」なわけですが、「でも、それって僕の愛なの」って公言してるし(^^;

 まあ、アレですよ。ドクロちゃんは天使だからエスカリボルグを制御できるけど、普通の人間にはあまりにも強大すぎて制御しきれないとかそんな感じですよ。

 すみません、暴走しすぎました。
2005.09.19 藤 ゆたか