我が城で踊れ潜入者 


第五章 落日の迷走者



 陽光降り注ぐ、王宮の中庭。その一角にある小さな丘の上にウーラは寝そべっていた。
 ここはひなたぼっこには最高な、お気に入りの場所の一つだ。時折、背中をなでてい
くそよ風も火照った体に気持ちいい。
 ウーラ達、猫の役目は王族を守ることと、心に安らぎを与えることだ。ウーラは母に
そう教わっていた。母もその母、つまりウーラの祖母にそう教わったそうだ。それは遙
か昔、ロシュタリアの王族とウーラ達の祖先が出会った時に交わした約束らしい。
 もっとも、その当時から猫が人間の言葉を理解していたわけではなかった。言うなれ
ば、人間側からの一方的な約束だったらしい。だが、その交換条件である、三食昼寝付
きの生活と衛生医療体制の充実は、戦乱のさなか、伝染病の蔓延によって、絶滅の危機
にあった猫達にとっては正に救いの光だった。
 本当のところ、戦争は人間の行っていたことであるし、伝染病も戦乱による食糧不足
から、抵抗力が落ちていた為に一気に広がったわけだが、いまさら、そんなことにこだ
わってもしょうがない。今現在、ロシュタリア王宮の人々は猫を可愛がってくれている、
パートナーだと思ってくれている。それだけで十分だ。
 ウーラは自分の主人のことを思い浮かべてみた。生まれてから17年、いつも一緒だっ
た。多少、いや、かなり愛情表現が過激だが、あれが彼女なりの可愛がり方なのだ。
…もう少し手加減して欲しいと思っていた時期もあったが、今はもう慣れた(別にいじ
められるのが好きになったという意味ではないぞ、念のため)。それにそのおかげなの
かどうか、自分は記録に残っている猫の中でも並ぶ者のない程の硬度を持っているら
しい。感謝すべきかどうかは少し悩むが。
 でも、他の仲間達と違って王宮の外に出る機会が多いのは嬉しいことだ。視察など
を別にすれば、同盟の首長国であるロシュタリアの王族が王宮の外に出ることはほとんど
ない。護衛役である猫も同様だ。護衛の役についてない猫も王宮内しか知らない者が大
半を占めている。王宮自体が広大なので退屈と言うことはないとその仲間達は言うが、
一度外の世界を知ってしまうと王宮は狭く感じる。きっと彼女も同様なのだろう。これ
に関しては彼女―ファトラに感謝している。
「ファトラ…」
 ウーラは思わず彼女の名をつぶやいた。
「何じゃ、ウーラ?」
「うにゃ?!」
 つぶやきに答えを返されて、ウーラは、閉じていた目を開いて、慌てて振り向いた。
 その瞬間、視界が自分の予想以上に急転した。慌てすぎたために足がもつれ、バラン
スを崩したのだ、と認識した時には既に遅く、ウーラはそのまま丘の下まで転げ落ちて
しまった。何とか体勢を整えて起きあがると先程の声の主、ファトラが丘から降りてく
るところだった。
「大丈夫か、ウーラ?」
「ファトラ、イキナリアラワレルノ、ヤメロ。」
 隣にしゃがんで、顔をのぞき込むようにして声をかけてきたファトラに、ウーラは抗
議の声を上げた。
「すまん、すまん。あまりにも気持ちよさそうにしておったものでな。声をかけあぐね
ておったのじゃ。そなたが妾の名を呼んだから、気づいたのだと思って返答したのじゃ
が…違ったようじゃのう。」
 ファトラが少し困ったような表情で答えてくる。ファトラが自分に対してこんな顔を
見せるのは珍しい。というか抗議に対して、言葉だけが返ってくること自体が珍しかっ
た。大抵は怒声とともに蹴りが飛んでくる筈なのだが、なければないで何か寂しい。
「デ、ナニカヨウカ、ファトラ?」
 ウーラは気を取り直して問い返した。
「うむ。たまには童心にかえって、そなたと遊ぼうと思うてのう。」
 ファトラが無邪気な笑顔で、本当に邪気のかけらもない笑顔で答えてくる。
「イタイノハ、ヤダゾ。」
 あまりにも無邪気すぎるその笑顔にそこはかとない不安を覚えて、ウーラはそうつぶ
やいた。
「何か、引っかかる言い方じゃな…安心せい。この通り、ボールは用意してある。」
 そういってファトラは、持っていたボールを指し示した。とりあえず自分がボールに
されることはないらしい。
「ソノボールデ、ナニスル?ファトラ。」
 ファトラの持っているボールを右前足でつつきながら、ウーラはファトラに問いかけ
た。

 中庭の中央に半径5mほどの円が描かれている。ウーラは、その円周上から、その円
の反対側でボールに片足を乗せて佇んでいるファトラを見つめていた。自慢の黒髪は、
運動の邪魔にならないようにまとめられ、帽子の中だ。服装も運動する事を意識したも
ので装飾品の類はほとんどないに等しい。しかし、それがかえって紫を基調としたその
服に施された刺繍の美しさを際だたせる結果となっていた。
「ルールを確認するぞ、ウーラ。」
「オウ。イイゾ。」
 準備が整ったらしいファトラが声を上げる。ウーラはそれに右前足を上げて答えた。
「妾は、このボールを蹴りながら、そなたの後ろにある樹に向かっていく。ボールを持っ
たままその樹までたどり着くことが出来たら妾の勝ちじゃ。」
「ソノマエニ、ボールトッテ、コノエンノソトニダセタラ、ウーラノカチ。」
「そうじゃ。では行くぞ!」
「ウニャ!」
 ウーラは返事をすると同時に、ファトラに向かって走り出した。対するファトラはボ
ールを蹴りながらゆっくりとこちらに向かってくる。数秒もしない内に両者の距離は無
限小に近づいていく。
 不意にファトラの体が右に傾いたのを見て、ウーラはその方向に向かって、大地を蹴っ
た。だが、その瞬間、ウーラの視界からファトラの姿が唐突に消失した。
「ウニャ!?」
 疑問の声を上げても勢いのついた体は止まってくれない。それでも何とか一回転して
着地し、辺りを見回す。すぐにファトラは見つかった。自分が飛んだ方向とはまるで反
対側に。
「そんな不思議そうな顔をするでない。簡単なフェイントじゃ。」
 ファトラが微笑みながら言ってくる。いつもならこの隙に問答無用で樹までたどり着
いて、いろいろ叱責してくる筈なのだが、今日は、どういう風の吹き回しか、自分が気
づくまで待ってくれたようだ。
「どうした?怪我でもしたか?」
 ファトラが少し眉根を寄せて問いかけてくる。自分がきょとんとしたまま動かないの
で心配してくれているらしい。こういうことも珍しい。だが、いつまでもきょとんとし
ていると余計心配させてしまうことになりそうので、ウーラはとりあえずファトラに向
かって歩き出した。
「コノクライ、ヘイキ。ツギハボール、トル。カクゴシロ、ファトラ。」
「ふふ、やってみるが良い!」
 自分の言葉を受けて、ファトラは嬉しそうな笑みを浮かべた。


 数時間後。ウーラは広場の真ん中で文字通り伸びていた。体中の筋肉が力を失い、も
う、指一本動かせそうになかった。
「なんじゃ、もう、ばて、たのか…?」
 首を巡らす余力すらなく、視線だけを声の主の方に向ける。視界の隅にその姿が入っ
てきた。声の主―ファトラはゴールの樹にもたれかかり、肩で息をしているようだった。
「ファトラモ、アセ、スゴイ。ウーラト、オナジ。バテテル。」
「ゴールの余韻に浸っておっただけじゃ。へばってなぞおらん。」
 ファトラはそう言うと、体を預けていた樹から身を起こし、こちらに向かって歩き出
した。明らかにふらついた足取りで。
 案の定、こちらにたどり着く前にファトラの足がもつれた。何とか体勢を立て直そう
としたものの、やはり疲弊していたらしい足腰は彼女自身の要求に応えてはくれなかっ
た。
 数回多々良を踏み、ついにその体制が決定的に崩れる。
「ファトラ!」
 残っていないはずの力を無理矢理振り絞り、ウーラは体をクッション形態に変化させ
た。その背中にちょうど彼女の頭が落ちてきた。
 地面には柔らかい芝が生えているので、頭さえ打たなければ、怪我の心配はほとんど
ないはずだ。服が汚れるのは勘弁して欲しいところだ。
 背中にファトラのぬくもりを感じ、今度こそ完全に力つきてウーラは元の姿に戻った。
「ダイジョウブカ、ファトラ?」
 自分の背中に突っ伏しているファトラに声をかける。ややあって、ファトラが答えて
きた。
「どうやら、そなたの言うとおりのようじゃ…ありがとうウーラ。」
「!ファトラ、イマ、ナンテイッタ!?」
「聞こえなかったのか?ありがとうと言ったのじゃ。」
 どうやら、聞き違いではないようだ。
「ファトラニ、アリガトウ、ナンテイワレルノ、ヒサシブリ。」
 どのくらい久しぶりかというと10年ぶりくらいだろうか?「でかした。」とか「よく
やった。」と言われることはたまにあるが、感謝の言葉など、ほとんど聞かない。
「………」
「ドウシタ、ファトラ?」
 ファトラがいきなり無言になったのでウーラは再び声をかけた。
「…おかしな事を言うから、意識してしまったではないか…」
 ファトラが顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「ファトラ、キョウハ、ヤケニスナオ。」
 自分の感じたことをそのまま言葉にする。正直な話、思ったことをあまりにも素直に
口にしてしまうので、よくファトラにどつかれる結果になるのだが。
「妾に対して、何の遠慮もなくそんなことを言うのは、姉上を除けばそなたくらいのも
のじゃな…」
 声の調子がいつもと違う。沈み気味なのは疲労のせいではないようだった。
「ほとんどの者は、妾自身でなく、『ロシュタリア第二王女』に向かって心にもないこ
とを言ってくる…そんな言葉に何の意味がある?気分が悪くなるだけじゃ。」
「アレーレヤ、マコトモカ?」
「アレーレか。あの娘はまさしく妾のために生まれてきたような最高の美少女じゃ。じ
ゃが、まだ、妾に嫌われまいと、真意を言うのをためらっているそぶりを見せることが
たまにある。まぁ、もうしばらくすればそれもなくなるのかもしれんが、現時点では後
一歩というところじゃな。誠は…」
 ファトラそこで一呼吸ついた。しゃべり疲れたのか、それとも頭の中で何かを整理し
ようとしているのかは、計りかねるが、とにかく少し間をおいた後、再び口を開いた。
「ただ単に何も判っていないだけじゃ。」
「ワカッテ、ナイ?」
 意味をとりかねて、聞き返す。
「この国の王女の意味も、妾の立場も、自分の立場や周囲の状況さえまるで見えておら
ん…それが判っておったら妾に対してあんなに気軽に話しかけてくるものか。」
「ソレ、ワルイコトナノカ?」
 ファトラの言っていることは明らかに矛盾しているように思えた。彼女は自分と本音
で語り合える者を求めている。なら、気軽に話しかけてくる誠は絶好の相手ではないの
だろうか?
「『意識しないこと』と『判っていないこと』はまるで違う。誠は無防備すぎる…それ
故、判ってしまったとき果たしてそれを意識せずにいられるかどうか…」
「マコトノタイドガカワルノガ、コワイ、ノカ?」
「怖い、怖いじゃと?妾がそれを恐れていると申すのか?…いや、そうなのかも知れぬ
な。王女というフィルタ越しでなく、直接自分を見てくれる者を失うのを…」
 そこまで言うとファトラはゆっくりと起きあがった。そして、傍らに座り直すと、今
度はウーラを抱き上げて自分の膝の上にのせ、優しく、ウーラのたてがみを撫でながら
問いかけてきた。
「ウーラ、誠が好きか?」
「マコト、ヤサシイ。ダイスキ!」
 たてがみを撫でていくファトラの指先の感触にうっとりしながらウーラは満面の笑み
を浮かべてそう答えた。
「そうか。」
「ソウダ。ファトラモ、ミナラエ。」
 鉄拳が飛んでくるのは覚悟の上だ。何より、ファトラは本音を隠される事を嫌う。下
手に心にもない当たり障りのない事を言う方が余程、後が怖い。
 しかし、ファトラは手を止めたもののそれ以上の行動を起こしては来なかった。かわ
りに少し寂しげな声で問いかけてきた。
「誠のように接して欲しいのか?」
 顔を上げてファトラの顔を見る。声と同じくその表情には寂しさが影を落としていた。
「ウーラ、ファトラ、スキ…マコトト、ファトラ、チガウ。」
 ファトラの瞳をまっすぐ見て言う。17年間、一緒にいるのだ。ファトラは彼女なり
の方法で自分を可愛がってくれているというのは十分判っている。ただ、誠とはその表
現方法が違うだけだ。それを無理に変えると言うことは自分とファトラの今までの関係
を否定するのに等しいだろう。
「ウーラ…」
 ファトラの口元に笑みが浮かぶ。
「後悔しても知らんぞ。」
「コウカイナンテシテタラ、ファトラノネコハ、ツトマラナイ。」
 ウーラも笑みを返した。ファトラが元気を取り戻したのが何よりも嬉しかった。ファ
トラは元気な方がいい。ファトラに元気がないとこちらの調子も狂ってしまう。
「ファトラ、オチコンデイルトキハ、イツデモ、ソウダンニノルゾ。」
 ファトラの眉がぴくりと動くのが見えた。
「調子に乗りすぎじゃ!」
 声と共にファトラの拳が降ってきた。ファトラの言う通り、さすがに調子に乗りすぎ
たようだ。しかし、いつもと同じ結末が訪れてほっとしている自分がいることにウーラ
は気づいていた。


 薄暗い部屋。明かりといえる物は壁の発光植物くらいのものだ。だが、この部屋が粗
末なのかと言えば、そうではない。薄闇に目を凝らせば豪奢な調度品の数々が所狭しと
並べられているのが見えるだろう。意匠を凝らし、宝石や貴金属をふんだんにあしらっ
た品々。だが、その美しさもこの薄闇の中では大きく殺されてしまっている。
 いや、これらは、ここにあるべきではないのだ。あるべき場所でなければ、本来の輝
きを発することなど出来はしない。物も、そして人も―
「どういうつもりだ。」
 冷たい、ただ単に冷たいだけの無機質な声。人間が発したとは思えないほどの何の
感情もこもっていないただの音の羅列。実際、声の主がそこにいると判っていなければ、
機械音と間違えたかも知れない。
 この部屋の中にある調度品の中に於いても、最も精細な細工と最も美麗な宝石で飾り
上げられた―それ故、この場には最も似つかわしくない、いかにも座り心地の悪そうな
椅子―あるべき場所にあれば玉座と呼ばれていたであろう椅子に、その声の主は座して
いた。
 ともあれ、問いかけられた以上、答えを返さなければならない。たとえそれが相手の
望みとは異なる物であったとしても。
「D-15地区に駐留していた敵一個師団を排除し、同地区のプラントを奪回…提出した報
告書にあるとおりです。」
「汝に命じたのは敵の殲滅だ。汝の鬼神・アクエリアならば造作もないことであったは
ずだ。それを、敵を取り逃がした挙げ句、救護活動など…そんな物は後続の衛生班に任
しておけばよいのだ。」
 吐き捨てるような口調。しかし、感情がこもっているだけまだましだ。相手が人間だ
と感じることができる分だけ。
「敵鬼神及び戦略兵器は全て破壊しました。あのプラントはただのエネルギープラント
で情報漏洩の危険はありませんし、敗走する者を深追いする必要は無いと思われます。」
 それに、衛生班に回収された者が敵味方問わずどうなるか、知っているのですよ―胸
中でそう付け加える。
 一拍おいて―その一拍にどんな意味があったかはあえて詮索する気もないが―声が返っ
てくる。
「そう、ただのプラントだ。さしたる技術者もおらぬ。替わりには不自由せぬ…」
「…それを敵軍の為したことだと発表するおつもりだったのでしょう?」
「それについて語ることは今更意味があるまい。」
 あからさまに面倒だと思っているのが判る口調。しかし、言わなければならない。
「所詮、一時しのぎにしかならない戦意高揚のために、プラント一つというのはあまり
にも代償が大きすぎるとお思いにはならないのですか?」
「ならば、汝には何か戦意を鼓舞できる名案があるというのか?」
「話をすり替えないで下さい!」
 思わず、声を荒上げる。だが、それには何の効力もないようだった。
「話をすり替えているのは汝であろう。何も策がないと言うのなら、黙って、従ってお
ればいいのだ。もう良い、下がれ。」
「話はまだ終わっていません!」
「黙れ!汝が息子でなかったら、反逆罪で即刻首をはねておるところだ。こうして弁明
を聞いてやっただけでもありがたく思うのだな。」
「父上!」
 玉座に向けて走り出そうとしたところで脇に控えていた衛兵に取り押さえられる。そ
してそのまま、扉の外に放り出された。


 目の前の風景にノイズが走り、それが急速に別の風景に取って代わられていく。
力を失って、膝ががくんと折れる。しかし、床に倒れる前に、それに気づいた老人が体
を支えてくれたおかげで怪我はせずに済んだ。
「大丈夫かね、誠くん。」
 老人―ストレルバウ博士が心配そうに声をかけてくる。
「えぇ、ちょっとよろけただけです。大したこと有らへん。」
 ストレルバウに対して、誠はそう返答した。だが、言葉とは裏腹に足に全く力が入ら
ない。間に休憩を挟んで断続的にとはいえ、長時間、制御してのシンクロは精神的にも
肉体的にもかなりの負担を誠の体に強いていた。
「そうか。だが、随分疲れとるようじゃし、今日はこの辺にしておくかの?」
「博士ももうお年やからね。急いては事をし損じる言いますし、それじゃあ元も子も
ないですからね。」
「何を言うとる、儂はまだまだ、若い者には負けはせぬぞ。じゃが、確かにその通りじゃ
な。今日はぐっすり休んで明日に備えるとしよう。」
 強がってみせる誠に、ストレルバウは胸を張ってそう答えてきた。小柄ではあるが、
年齢ほどの衰えを感じさせないのはひとえに彼がデスクワーク専門ではなく、自ら調査
団を率いて、いかなる難所にある遺跡であろうとも調査をし続けてきた賜だ。
 自分の目で発掘された状態になるべく近い形の遺跡を直接見ないと気が済まない、旺
盛な好奇心と探求心が、彼をこの年になっても一線を退かせず、現役たらしめているの
だ。いや、恐らく彼は生涯現役であり続けることだろう。
「しかし、良かったよ。」
「何がです?」
 壁にもたれて休んでいた誠に、ストレルバウが機材を簡単に整理しながら、話しかけ
てくる。
「謁見の間での君の態度を見ていた限り、余り協力的ではないようだったが、いざ修理
を始めてみると、実に熱心であったことだよ。その辺はいつもの誠くんのようじゃのう。」
「あれはロンズさんが強硬な姿勢に出るからや。僕だって一刻も早く元に戻りたいです
からね。」
 ほっ、ほっと笑うストレルバウに誠は真剣な面もちで返答した。その表情を見て、ス
トレルバウの笑いが止まる。
「今の状態が長く続くと良くないようじゃな?」
 ストレルバウの言葉にうなずいてから誠はそれに返答した。
「はっきりしたことは言えへんけど、精神を入れ替えるなんて言うこと自体がそもそも
かなり無茶な話やのに、更に動作不良で中途半端に入れ替わったいうんが大問題や。お
互いの精神が干渉しあって人格が崩壊せんかっただけでも正直な話、奇跡に近いくらい
やと思います。それに正常な動作をしてへんのやから、どんなイレギュラーがあるか予
測もでけへん。」
「…思ったより遙かに深刻なようじゃな。となると、どちらにしろこれを使えるのは…」
「後一回が限度やな。それ以上はリスクが大きすぎるよって。もちろんその一回も危険
であることに変わりあらへんけど。」
「失敗は許されんと言う訳じゃな。しかも余りゆっくりしているわけにもいかん。しん
どい話じゃの。じゃが、だからこそ十分な休息をとり、万全な体調で明日に望むことが
大切なのじゃ。」
 機材を整理し終わったストレルバウは、そういって誠の背中をぽんっと叩き、そのま
ま研究室の出口に足を向けた。放っておくといつまででも研究を続けかねない誠に対す
るストレルバウなりの対処だ。責任者であるストレルバウがいなければ研究室を使用す
ることは出来ないので、誠もストレルバウに従って外に出ざるを得ない。
「夜遊びなどせずにゆっくり休み給えよ。」
「昨日の今日で、ファトラさんに手ぇ出したりしませんよって安心して下さい。」
 別れ際に釘を差されて、苦笑いを浮かべつつ、誠は研究室を後にした。 


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