血戦!バレンタイン

(前日編)



 バレンタインデー。それは胸に秘めた切ない思いを伝えるチャンスと勇気をくれる聖なる日。
恋する乙女達は、ときめきをラッピングし、あこがれのリボンを添えたチョコレートに思いを託し、
この日に臨むのだ
 そのイベントを明日に控え、学園内はにわかに活気づいていた。それは恋する乙女の胸の
高鳴りであったり、計画決行を待ちわびるスナイパーの緊張であることもあれば、期待に胸を
膨らませる当選確定者の妄想や、合格通知を切望する受験生の焦燥でもあった。
 しかし、光あるところ、影が出来るのは自然の摂理。教室の隅やベランダ、屋上のフェンスの
上などでは、愛にはぐれた孤児達がこの世の無情を訴えているのだった。
「訴えてるだけなら、いくらで好きなだけやらせてやるのだが…」
 生徒会室ではマザクが頭を抱えていた。自分が頭を抱えることとなった原因を考えるだけでも
頭が痛くなってくる。それに追い打ちをかけるように役員の一人が新たな報告を持ってきた。
「会長、武装団体『バレンタイン葬送曲』の本拠地を占拠、武器弾薬と計画書を押収しました。」
「そうか。で、計画の内容はまたあれか?」
「あれです。」
 マザクが手をひらひらさせながら、半眼で問い返すと、彼女も疲れ切った表情で答えてきた。
「そうか…これで幾つ目だったかな?」
「犯行声明文13件。内、首謀者が特定出来たのが11件、武器弾薬の不法所持で捕縛したの
が9グループ、32名。逃走中の者は目下追跡中ですが…。計画書まで押収できたのが7件、
押収できなかったグループと暗号を用いていたグループには呪術研究会と外科手術同好会の
協力を得て、非科学的な手段を用いて究明にあたらせています。」
 もう何回も繰り返してきた言葉である。各箇所の数字以外、変わっているところは皆無だ。
報告している方も聞いている方もこれが早口言葉の一種のような気にすらなってきている。
出来れば、早くすべての数字が一致して欲しいのだが、報告を聞く度に全ての数字が増えて
いるので全く終わりが見えてこない。それが更にマザクたちの疲労を加速させていた。
「陣内一人を拘束しておけば安泰だと思っていた私の判断が甘かった…」
「まさか、同じ事考えてる人たちがこんなにいるなんて…そりゃ、5,6人くらいはいるかなーとは
思ってましたけど、ゴキブリより多いですねぇ…」
「ゴキブリの方がマシだ!殺虫剤を焚けばいいんだからな!!」
 マザクは思わず声を荒上げた。もう本当に殺虫剤を焚いてやりたい気分になってきている。
「しかし、何考えてるんでしょうかね?水原君を抹殺したところで自分たちにチョコがまわってくる
保証ないと思うんですけど…」
「既にそういう正常な思考が出来なくなってるんだな。嫉妬というのは本当に恐ろしい…」
 そういっているマザク達も呪術研究会や外科手術同好会に協力を要請するという常軌を逸した
行動をとっているのだが、そのことに関して誰も何の疑問も持っていなかった。彼女たちもまた、
正常な思考が出来なくなっていたのだ。疲労というのも恐ろしい。
「ところで、どうして生徒会がこんな事しなきゃいけないんです?彼個人の問題ですから、彼と
その友人でどうにかすべきではないかと思うんですが?」
「事が学園内で収まれば、別に誠がどうなろうと構わんが…」
 そこでマザクは一呼吸入れた。なるべくなら考えたくない事だが、と自分の中で前置きしてから
続ける。
「誠が入院することにでもなってみろ。どうなると思う?」
「それは…みんな、授業をほっぽって、我先に看病に行っちゃって、先生方が怒り出すとか?」
 目の前の女生徒が苦笑いしながら答えてくる。まだ楽観的な意見だ。マザクはそれに更に追加
した。
「それによって病院に迷惑がかかって、当学園のイメージを損なうのはもとより、あの誠のことだ。
担当看護婦はおろか、その病棟の看護婦全員と妖しいことになりかねん。この学園内で、私の
手のひらの上で風紀を乱している分には、楽しいおもちゃだが、外でやられてはもみ消しようが
ないし、何より、私の目の届く範囲でやってくれないと私が楽しくない!」
 前半はともかく、後半は随分個人的な意見になっているが、緊迫した状況は伝わったようだ。
女生徒の顔が蒼白になっている。
「と言うわけで、この学園の未来は我らの手にかかっているのだ!」
「はい、解りました!捜査を継続します!」
 女生徒は敬礼すると、駆け足で廊下に飛び出していった。


「なんじゃ、今日は誰もおらんのか?」
「きっと皆さん、明日のチョコを買いに行ったんですよ。」
 校門に誰もいないので、きょろきょろ辺りを見回しているファトラにアレーレは、そう答えた。
 いつもなら校門には4,5人の愛人部隊メンバーがファトラと一緒に帰るために待っている。
お茶会などのイベントがあれば別だが、愛人部隊全員が一緒に歩くのはかなり一般の通行の
邪魔になるし、ファトラと話せるのは周囲にいる数人だけだ。それならば、と一緒に帰るメンバーは
日替わりで数人ずつと言うことになっていた。何より、こうすれば全員がファトラと会話できる機会を
得られる。引っ込み思案や気が弱い娘でも平等に、と言うコンセプトもあるのだ。
「そうか、そういうことなら仕方ないのう。」
 ファトラは残念そうにそうつぶやいてから、ふと気づいたようにアレーレに問いかけた。
「アレーレ、そなたはよいのか?いや、別に催促してるわけではないが。」
「私はもう、ばっちりです。期待してて下さい、ファトラ様!」
 それに対し、アレーレは満面の笑みを浮かべて答えてきた。そして、更に問い返してくる。
「ファトラ様は買わないんですか?」
「そなたと愛人部隊用のものは既に用意しておるぞ。」
 予想外の質問に、ファトラはきょとんとした表情で答えた。しかし、それはアレーレの望む答えでは
なかったらしい。アレーレは再び問い直してきた。
「私たちへのお返しじゃなくて、ファトラ様から誰かにあげたりしないんですか?」
 その質問に対しファトラは顎に手を当ててしばし思案した。
「菜々美やシェーラは素直に受け取らんだろうし、マザクには去年、洒落で弛緩剤入りのを送ったら、
きっちり報復されたし…」
「もう、いいです。」
 アレーレがげんなりした様子でつぶやいた。


 帰宅後は特にいつもと変わることはなく、ファトラは11時にベッドに入った。いつもならこのまま
アレーレが起こしに来る朝までぐっすりと言うところなのだが。
「ファトラ様、ファトラ様。」
 名前を呼ばれて、ファトラは薄く目を開けた。だが、あたりはまだ暗い。と言うことは朝ではないと
言うことだ。枕元の時計をつかんで、目の前に持ってくると時計の針は12時を少し過ぎたところだった。
「まだどころか完全に真夜中ではないか…こんな時間に何の用じゃ…?」
 寝ぼけ眼で声の主を見る。そして。
「うわわわわぁぁぁーーーーっ!!」
 ファトラは叫び声を上げつつ、ベッドから転げ落ちた。自分の叫び声と落下の痛みで完全に目が
覚める。だが、自分の見た物がそれでも信じらなかった。とりあえず指を突きつけて確認する。
「ア、アレーレの生首…」
 真っ暗な部屋の中、アレーレの首から上だけが闇に白く浮かび上がっていた。
「大丈夫ですか?ファトラ様。」
 などと言いつつふよふよと近づいてくるアレーレの生首から、ファトラは必死に逃げ回った。
「あぁ、アレーレ、迷わず成仏してくれ!葬式はそれはもう盛大に執り行ってやるから!!」
 完全に取り乱して、ファトラは、既に涙目になっている。
「ファトラ様、私、生首じゃありません。よく見て下さい!」
「何?」
 アレーレ(の生首)の言葉にファトラは逃げ回るのを止め、もう一度彼女の首から下を見てみた。
白い首筋の下はやはり闇にとけ込んでいる。
「やっぱり生首ではないかぁーっ!」
 再びファトラが絶叫する。目には大粒の涙がたまっていた。
「しょうがありません、恥ずかしいですけど電気をつけます。」
 そういうとアレーレは、部屋の電気をつけた。光が部屋の闇を一掃する。だが、アレーレの首から
下は闇に包まれたままだった。訝しく思って、ファトラは、おそるおそるアレーレに近づいてみた。
 アレーレの首から下は完全に黒一色だった。黒い服を着ているのわけではない。それどころか
アレーレは衣服を一切身につけていなかった。アレーレが全身にまとっている物、それは、ココア
パウダーだった。
「アレーレ、そなた、いったい何のつもりじゃ?」
 ファトラが半眼で問いかけるとアレーレは首を傾げて、答えてきた。
「なに、って私からのバレンタインチョコですよ。」
 「いや、そういうことではなくてじゃなぁ…」
「ファトラ様、私を一番はじめに食べて下さい☆」
 そう言って、アレーレが無邪気に微笑みながら抱きついてきたので、ファトラはそれ以上言葉を
続けることが出来なかった。アレーレは自分を驚かそうと思っただけだ。それが、彼女の意図する
驚きとは別の物であったとしても。悪気があったわけではないのだろう。
 ファトラはそう判断すると諦めて、アレーレにそっと囁いた。
「しょうがないのう。シーツはそなたが責任を持って洗うのだぞ。」   

                                                当日編へ続く


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