「誠ぉ、いるかぁ〜!?」
「藤沢先生?なんですか、いきなり?」
ノックもなしに突然研究室に入っていた藤沢に、誠は手にしていた機材を机に置いてから振り返った。そして、そこで動きを止める。
「せんせ、また山ですか?ミーズさんに怒られますよ?」
登山装備に身を包んだ藤沢を一目見て、誠があきれ顔でそう言うと、藤沢は拳を振り上げて怒声をあげた。
「ばっかもん!今回はちゃんと許可付きだ。それに誠、おまえのために来てやったというのになんだ、その態度は?」
「僕のために?」
怪訝な表情を浮かべて誠が問い返すと、藤沢は頷いた。
「おう。おまえ、最近、研究が行き詰まり気味だそうだな。」
「はあ。」
指摘して欲しくないことをわざわざ言われて、誠は生返事を返す。
「それで、元気のないおまえを菜々美君が心配していてな。俺に相談に来たって訳だ。」
「菜々美ちゃんが?」
藤沢はそこで頷くと、研究室の中を軽く見回してから続けた。
「毎日毎日、こんな狭いとこで根を詰めてるから息が詰まっちまうんだ。たまには体を動かして、ぱーと気分転換しなきゃいかん。で、気分転換といえば山登りが一番!」
ピッケルを手に力説している藤沢の目はキラキラと輝いていた。どうみても、これを口実に堂々と山登りができるのが嬉しくて仕方がないという様子だ。
「これは…あかんわ…」
こうなってしまってはもはや何を行っても無駄なのは、今までの経験上分かりすぎるほど分かっている。引きずってでも連れて行かれるだろう。誠は涙を流しながらそれを認めた。
澄み渡った青空の下、藤沢を先頭に誠、菜々美、シェーラ、アフラというメンバー構成で一行は山道を進んでいた。
「何でこないな事に…」
「ごめんね、誠ちゃん。ピクニックのつもりだったんだけど…」
藤沢に聞こえないようにつぶやいた誠に応えて、菜々美が耳打ちしてくる。二人とも、藤沢の用意した登山装備一式に身を包んでいた。どう見てもピクニックと言うよりは秘境探検隊といった姿だ。
「おい、こら菜々美!何誠にくっついてんだ。早く離れやがれ!」
「何よ、そんなの私の勝手でしょ?それにあんたを呼んだ覚えなんかないわよ!」
「まあ、まあ。こないなとこで体力つこうても仕方ありまへんえ。」
誠と菜々美が寄り添っている―と、シェーラにはみえたらしい―を見とがめて、声を上げた彼女に菜々美が応戦した。それをアフラが冷静になだめる。大神官二人はいつも通りの衣装に身を包んでいた。
(まったく、シェーラに見つからないように先生に誠ちゃんを呼びに行かせたのに)
菜々美はこっそりとため息をついた。呼び出すまではうまくいったのだが、ここに来る途中で、見つかってしまったのだ。
「どしたの菜々美ちゃん?」
「ん?ううん。何でもない。」
心配げに問いかけてきた誠に、菜々美はとっさに笑顔を作って答えた。彼はそれを見て、軽くほほえんでから視線を前に戻す。
「さよか。あ、先生、もうあないなとこまで。」
見ると藤沢は、かなり前を歩いていた。ちょっと走らないと追いつけそうもない。―と思った途端、藤沢がその場で立ち止まった。こちらが遅れているのに気づいて待ってくれているらしい。
早足で追いつくと、右手の壁面の上方を眺めていた藤沢が、こちらに視線を向けた。そして告げる。
「よし、ここを登るぞ!」
「ち、ちょっと待ってや先生。ここって崖やで?」
「こっちにちゃんとした道があるのになんでそっちなんでい!?」
誠の反論を継いで、シェーラが藤沢に詰め寄ると、藤沢はそれを軽く手で制して、胸を張って告げた。
「何を言ってるんだ。山登りに来て、こんないい壁を登らんでどうする?」
「じゃあ、先生はそこ登ってください。私たちはこっちから行くんで。」
そんな藤沢の言葉を無視して先に進もうとした菜々美の肩を、その藤沢当人がすれ違いざまにがっちりと掴んだ。
「菜々美君、君はいったい何のためにそんな立派な装備を身につけてるんだ!」
「痛い、痛いってば、先生!だいたい、この装備も先生が無理矢理に!!」
「無駄やで、菜々美ちゃん。あきらめて登ろ。」
あきらめ顔で誠が壁面に手をかけて登り始めると、藤沢は菜々美を放し、満面の笑みを浮かべて誠にクライミングの指導を始めた。
「おぉ。いいぞ誠。次は右斜め上の出っ張りに指をかけるんだ。そして、次はそこの窪みに…ほら、おまえたちも誠に続け。」
「じゃあ、うちは先に行ってますえ。」
そういうとアフラは風のランプを起動させた。アフラの周りに風が発生し、彼女の体が浮かび上がる。そしてそのまま上昇を開始した。崖の上に向かって。
「あ、ずるい!」
「アフラ、てめぇ!」
「藤・沢・ジャ〜ンプ!!」
菜々美とシェーラが非難の声をあげると同時に、藤沢は垂直に飛び上がった。そして、易々とアフラに追いつき、その足首を掴む。
「な!?」
藤沢に足を捕まれたアフラは、バランスを崩して思いっきり壁面に突っ込んだ。そしてそのまま地面に落下する。藤沢が空中でキャッチしたので、地面に叩き付けられることはなかったが、アフラはそのまま、しばらく目を回していた。
「いきなり何しますのや!?死ぬか思いましたわ!」
目を覚ますや否や、アフラは藤沢に詰め寄った。頭には応急処置に包帯が巻かれている。だが、藤沢も負けずに反論する。
「こんないい壁面を無視して飛んでいこうなんて、そりゃあ、山に対する冒涜だぞ!」
「分かりました。そこまで言うなら藤沢はんにも同条件で登ってもらいましょ。シェーラ!」
「おう、なんだ?」
呼びかけに答えて近づいてきたシェーラに振り向くと、アフラは彼女の腰にくくりつけられていた瓶をひったくった。
「あ、何しやがる!」
怒声をあげるシェーラを無視して、アフラは瓶の栓を抜き、その中身を藤沢の口をこじ開けて強引に流し込んだ。
「ごふっ、なにをっ…ごほっ、アフラ…ごぼごぼっ、ぐふ、ごほっ、ごふ、がはぁっ」
ひとしきりむせた後、顔を上げた藤沢の顔は明らかに紅潮していた。
「ひっく、こりゃあ、酒か?しかもかなりの上物じゃないか。ひっく…これだけの…ひく、上物を一気とは、けふ、もったいない。」
「何ぃっ!?全部飲んじまったのか?」
シェーラが藤沢の襟首を掴んで前後に揺さぶる。
「しょうが、ないだろう。飲まなきゃ、窒息、しちまう!」
揺さぶられながらも藤沢は反論した。それを聞いて、シェーラはアフラを睨み付けた。
「帰ったら倍にして返しますよって、それでえぇどすやろ?」
さらりとそう返してきたアフラに一瞬眉をひそめてから、シェーラは渋々といった様子で答える。
「ち、まぁいいや。約束だぞ。アフラ。」
「そんな、念を押さんといても心配ありませんえ。」
涼しげな表情を崩さぬままアフラは答えると、今度は少し眉をつりあげて藤沢に向き直った。
「さ、藤沢先生。登ってもらいましょか?」
アフラが壁面をびしっと指さす。
「この藤沢ほなめへもはっへは困るな、アフラ君。この程度の酒え俺の山への情熱は止めあえないぞ。」
藤沢はすくっと立ち上がると颯爽と壁面に挑み始めた―というのは藤沢本人の主観で、実際は、ふらりと立ち上がって、ゆらゆらと揺れながら壁面にへばりついたようにしか見えなかった。酒を一瓶一気に飲み干した上に、シェーラに揺さぶられたおかげで、一気に酔いが回っているらしい。
「さへと、よほく見へいろよ、おまへら。」
壁にもたれかかっている藤沢の右腕がゆらりとあがる。それは、しばらく壁面を彷徨った後、壁面にあった出っ張りの一つを掴んだ。そして、それより少し上方に視線を移す。
「ん〜、そこかぁ。よっと。」
片足をあげて、壁面の適当な窪みに差し込むと、藤沢はそれを足場に、一気に体を引き上げた。そして、先ほど見つけた手がかりとなる岩の突起を左手で掴み、また次の手がかりの岩の突起や窪みを探す。それを繰り返しながら、藤沢は、ゆっくりではあるが着実に壁面を登っていった。
途中、酔っているためか、何度も手や足を滑らせてはいたが、それでも、藤沢はその度にこともなげにバランスを回復させていた。体に染みついている経験が本能的に危険を察知して的確な重心移動を行っているらしい。
「よいっ、しょと。」
そんな一声を残して、藤沢の体が壁面と空の境界線に吸い込まれた。
「ほれ、登ったぞぉ〜。お前たちも早く登ってこ〜い!」
酔っぱらいそのままの口調で、藤沢が呼びかけとも命令ともつかない叫びをあげる。
「…ほんまに登り切るとは、思いまへんでしたわ」
「山に関してだけは、藤沢先生をなめちゃダメよ。人生の大半をこれで費やしてるんだから。」
藤沢の登り切った壁面を見上げて、アフラが驚きとあきれの混じった声でつぶやくと、菜々美がアフラの肩に手を置いて、首を横に振りながらそれに応えた。
「お〜い、まだかぁ〜っ!?」
「今行きますよって、もうちょっと待ってて下さい。」
藤沢の催促に誠が叫び返した。そして、壁面に手をかける。
「おい、誠。ホントに登んのか?」
「あの状態の藤沢先生が登ったんや。僕たちも登らん訳にはいかへんやろ。」
「しょうがあらしまへんな。」
「登んなかったら、延々とお説教されそうだしね。酔っぱらいの説教なんて聞きたくないし。」
心底嫌そうな表情のシェーラに、同じような表情の三人があきらめ口調で言葉を返す。
「とりあえず、藤沢先生と同じルートで登ればどうにかなるやろ。酔っぱらってても登れるんやから。」
誠は気休め程度のことを口にすると―というより、むしろ自分に言い聞かせている風にも見えたが―壁面を登り始めた。
「何や?」
何とか壁面の中程まで登ってきた辺りで、誠は上の方からうなり声のような音が聞こえてくることに気づいた。
「アフラさん、ちょっと上にいる先生の様子見てきてくれないやろか?」
「おやすいご用ですえ。」
誠が下にいるアフラに声をかけると、彼女はそう答えてから風のランプを起動させた。藤沢と鉢合わせしないように迂回するようなルートで上昇を始めたアフラの体はあっという間に誠を追い越し、壁面の上に到達する。
ややあって、アフラが崖の上からひょっこりと顔を出した。
「藤沢はん、すっかり寝入ってますえ。どうします?最後まで自力で登りますか?」
アフラは形式だけの問いかけを発すると、誠の横まで降りてきて、空中で腕組みした格好で静止した。
「アフラさん、先に菜々美ちゃんを頼むわ。」
「わかりました。」
アフラは短い承諾の言葉を残して降下すると菜々美を抱きかかえた。
「ありがとう、アフラさん。」
という菜々美の声がドップラー効果を伴って通り過ぎていく。
すぐにアフラは誠の横に戻ってきた。
「さあ、次は誠はんの番どすえ。」
「僕はええから、シェーラさんを頼みますわ。」
「あのおなごとて大神官どす。誠はんの方が先やわ。」
アフラはそう言うと、誠の腰に手を回し、有無を言わせずに彼を壁面から引きはがすと、壁面の上まで運んだ。
「おおきに、アフラさん。」
「このくらい、たいしたことおまへん。」
ぷいと横を向いたアフラと、ちょうどそこにいた菜々美の視線が合う。
「アフラさん、なんか、頬が赤くない?」
「そ、そないなことありしまへん!」
菜々美にじと目で問いかけられてアフラは、動揺の混じった声で返答した。
「むー?」
菜々美が納得行かないといった表情で頬を膨らませる。
「あ、シェーラも連れてこんと…」
アフラは逃げるように壁面を降下していった。
「ふー、とんでもねぇ目にあったぜ。」
「この程度で音を上げるのは修行不足の証拠どす。あんさん、半分も登ってまへんやおまへんか。」
道ばたに座り込んで汗をぬぐっているシェーラに向かって、その近くの木に腕組みをしてもたれかかっているアフラはぴしゃりと言い放つ。
「おめえだって似たようなもんだろが!」
「うちは、その半分を更にあんたら抱えて登ったんどす。」
アフラとシェーラの掛け合いを横目に、菜々美は藤沢の頬をぴたぴたと軽く叩いてみてから、隣でおろおろしている誠に声をかけた。
「誠ちゃん。藤沢先生起きないよ。どうする?」
「起きるまで待つしかしゃあないやろな。ところで、あれ、止めんでええんやろか?」
「いいんじゃない。いつものことだし。」
困り顔の誠に、そう答えると菜々美は誠の横に座り直した。そして、腕をとろうとした瞬間―
「くくくくく、ふはははは、ひゃあ〜っはっはっはっ!!」
「このアレな笑い声は、お兄ちゃん!?」
菜々美は立ち上がって辺りを見渡した。それを待っていたかのようなタイミングで、大神官たちの居る方とは反対方向、少し離れた森の木々の間から兄・陣内克彦が姿を現す。
「陣内、なんでこないなとこに?」
「ふっ、知れたこと。この山に眠る超兵器を手に入れるために決まっているだろう?」
「超兵器?なんのことや?」
誠が眉根を寄せると、陣内はこちらに一歩踏み出してきた。そして、腰に手を当てて背筋を伸ばすと、眼光を鋭くして告げた。
「おやおや、往生際の悪い。大神官を引き連れて、こそこそとこんなところに来たからには、それ相応の物があるのだろう?今更とぼけても無駄だ。」
「こそこそ?」
ここまで聞いて、菜々美はようやく思い当たった。確かにシェーラに見つからないようになるべく目立たないように移動していたのだ。結局それは無駄に終わったのだが、まさか、こんなおまけまで付いてくるとは。
「お兄ちゃんこそ、こそこそこんなところまでついてきて!お兄ちゃんってストーカー!?」
自分の失敗を丸ごと転嫁して、菜々美は兄に指をびしっと突きつけつつ叫んだ。
「い、言うに事欠いてストーカーだと!?菜々美っ、実の妹でもその暴言は許さんぞ!!」
「許さなきゃどうするってのよ!?」
「おとなしくしておれば穏便に済ましてやろうと思っておったのに。」
そう言うと陣内は指をぱちんと鳴らした。それに呼応して、陣内の背後の森からバグロムたちが姿を現す。
「ギチギチ」
「ガゴガゴ」
「ウゴウゴ」
思い思いの声を上げて、バグロムたちはゆっくりと前進してきた。
「誠ちゃん…」
菜々美は思わず誠に抱きついた。右手で胸の辺り、左手で二の腕あたりの服をぎゅっと掴む。その二人の横を二つの影が駆け抜けた。
「へ、あたいらの出番だな!」
「そのようどすな。」
シェーラとアフラはバグロムたちに向かって走りながらランプを起動させるべく、手をかけた。
「今だ、やれ!」
陣内が腕を前に突き出して号令をかけると、バグロムたちが一斉に左右に飛び退いた。同時に陣内の更に後ろ、森の中から何かが飛び出してくる。
「な?」
虚をつかれて回避行動が一瞬遅れたシェーラに、その何かが命中する。
「シェーラ!」
横に飛び退いてそれを回避したアフラだったが、シェーラに気をとられた一瞬の隙にカツオの接近を許してしまった。
「しまっ…」
カツオの打ち下ろし気味の右拳がアフラに振り下ろされた。アフラは咄嗟に体を捻って直撃だけは回避する。
完全に回避することはできず、脇腹の辺りの服を引き裂きながら代わりに痛みを残して通り過ぎていくカツオの右腕を、アフラは両腕で抱え込んだ。そして、前傾姿勢になっているカツオの腹部を蹴り上げる。
カツオの攻撃の勢いをそのまま利用して、アフラはカツオを巴投げ気味に放り投げた。
そのまま地面に倒れ込んだアフラをタラとナミヘイが押さえつける。
「ひゃあっはっはっはっ。どうだ、大神官といえどもランプさえ使わせなければどうということはない。」
陣内が腰に手を当てて高笑いを始める。
「ちくしょう。なんなんだ、これは?」
シェーラは地面に倒れ込んだ姿勢のまま起き上がれずにいた。ランプごと両腕がとりもちのようなもので地面に貼り付いてしまっている。先ほど飛んできた物だった。
「さあ、水原、誠。貴様の負けだ。おとなしく超兵器の場所を教えてもらおうか?」
勝ち誇った陣内が誠に詰め寄る、
「せやから、そないな物はない、言うてるやろ!」
「この期に及んでまだとぼける気か。全くあきらめの悪い奴だ。」
陣内は首を数度横に振って肩をすくめ、やれやれと言った表情を浮かべる。
「カツオ、いつまで寝ている。誠を捕まえろ。」
「ギギ?」
陣内の命令を受けて、カツオがゆっくりと起きあがる。そして、誠たちの方に前進を始めた。
「ま、誠ちゃん」
菜々美が服を掴んでいる手を更に強く力を込める。彼女の体の震えが、はっきりと誠に伝わってきた。
「逃げるんや、菜々美ちゃん。」
「え?誠ちゃんはどうするの?」
誠が小声でつぶやいた言葉に菜々美が反射的に問い返してきた。
「大丈夫。陣内は勘違いしているだけや。何もないて分かったらあきらめてくれるやろ。」
「お兄ちゃんがそんな聞き分けがいいわけないじゃない。何もなかったら拷問されるわよ?」
「ご、拷問?」
誠の顔が青ざめる。他でもない実の妹の言葉だけに、誇張がありこそすれそれに近いことがある可能性は否定できない。
「お兄ちゃんってアレだから、とても口には出せないことをされるかも…」
菜々美に心底心配している表情で見つめられて、誠の背筋に冷たい物が走る。
「こらあっ、菜々美!黙って聞いておれば言いたい放題!それが実の兄に対する態度か!?カツオ!!」
陣内の怒声を受けて、カツオが両腕を広げて襲いかかってくる。
「きゃああああああ〜っ!」
「うわわわわわあ〜っ!」
「うるさ〜い!!」
菜々美と誠の悲鳴に混じって怒声が響き渡った。そして打突音。
一瞬前まですぐ目の前にいたカツオの姿が見る見る小さくなり、空の彼方に消える。カツオのいた位置にはまっすぐに突き出された正拳があった。その拳から腕、肘と視線を移動させて背後を振り返る。
「「藤沢先生!」」
誠と菜々美は同時に歓声を上げた。
「人がせっかく気持ちよく寝ているところを。またお前か?陣内!」
「先生、お酒はもう抜けたんか?」
「あぁ。たっぷり汗かいて眠ったからな。」
藤沢は誠の問いかけにウィンクして答えた。そして陣内に向き直る。
「さて。教育的指導の時間だぞ陣内。」
藤沢は準備体操をしながら陣内に告げた。
「ええい、まだ負けたわけではないわっ!」
陣内はそう叫ぶと腕を藤沢に向けて突き出した。再び陣内の背後からとりもちが発射される。
「藤・沢・ダーッシュ!!」
藤沢はそう叫ぶと、超人的な動体視力と脚力でとりもちをかわし、アフラを組み伏せているタラとナミヘイをはじき飛ばしてあっという間に陣内の目の前まで肉薄した。
「うぬう、この化け物め!」
「それが教師に対する台詞かぁ!教・育・的・指導〜っ!!」
藤沢の体当たりを受けた陣内の体が紙くずのように宙に舞いカツオと同じように空の彼方に消えていった。
「体罰だぁ〜っ」
という陣内の声がフェードアウトしていく。
「体罰ではない。愛の鞭だ、先生も辛いんだ。早く更生しろよ陣内。」
藤沢は涙をはらはらと流してその場に立ちつくしていた。背中で漢を語っている。
「いや、それはえぇんやけど…」
「先生、助けてください〜」
「ん〜、どうした誠、菜々美君?」
振り返った藤沢の視線の先には、倒れている菜々美の上に覆い被さるような格好で誠が倒れていた。
「お、お前ら、こんなところで一体何やってるんだ。早く離れろ!」
「せやから離れられへんのや。よう見たってや、先生。」
藤沢は誠に言われて二人を全体的に眺めてみた。そして誠の肩胛骨の辺りから腰の辺りまでがとりもちに覆われていることに気づく。先ほど藤沢がよけた物が当たったらしい。
「えーん、体勢的には嬉しいけど、動けないのは嫌だよぉ。」
「なにぃ、あたいは一人で、なんでてめえは誠と一緒なんでい?代わりやがれ、こんちくしょう!」
菜々美の嘆きを聞きとがめてシェーラが叫び声を上げる。
「全く、このおなごは…」
アフラは心底あきれた声で嘆息した。
「ほれ、もうすぐ山頂だぞ。もう一頑張りだ!」
藤沢の激励も疲弊した三人にはほとんど効果がなかった。
「もうすぐ?まだ山頂やないんか…」
「服がベタベタして気持ち悪い〜」
「帰ったらランプの手入れをしねえと…めんどくせえ…」
何とかとりもちを剥がしたものの、すっかり疲弊してしまった三人が藤沢の後に続く。
「誠はんと菜々美はんはともかくシェーラ、あんさんまで。情けない思いまへんか?」
最後尾のアフラが半眼でつぶやく。
「だってよぉ、こりゃきついぜ…」
食いかかる元気もないらしく、振り返りもせずにシェーラはそうつぶやいた。
そうこうしている内に先頭の藤沢がくるりと振り返った。
「何だ、何だ、お前ら元気ないぞ。山に失礼だとは思わんのか?」
「だって先生…」
「もうヘトヘト…」
誠と菜々美が弱音を上げるのを聞いて藤沢は腕組みして嘆息した。
「まったく情けない。お前らそれでも伝統ある東高生か!まあ、いいや、これを見ろ!」
そう言って藤沢は自分の背後を指し示した。
「え?」
「何?」
誠と菜々美はふらふらと歩を進めて藤沢を追い越した。そして視線を上げる。
「「わあ〜。」」
二人は同時に感嘆の声を上げる。彼らの眼前には壮大なパノラマが広がっていた。
「山頂に到着、だ。どうだ、苦労した甲斐があっただろう?」
「自分の足で登ってきはると確かに感慨深い物がありますな。」
「確かに悪くねぇ…」
絶句している誠と菜々美に代わって、アフラとシェーラが感想を告げる。それを聞いて藤沢は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「そうだ。道中の苦労が多ければ多いほど山頂の景色は輝きを増すんだ。」
と、藤沢は誠の肩にぽん、と手を置いて続けた。
「誠。お前の研究も一緒だ。どんなに辛くとも、投げ出しさえしなければお前の望む以上の結果がお前を待って居るんだぞ。」
「先生…」
誠が感極まった表情で藤沢を見上げると、藤沢は誠の肩に置いていた手を彼の頭に乗せた。そしてくしゃくしゃと頭を撫でる。
「たまには俺も先生らしいことを言わんとな。頑張れよ、誠。」
そこまで言うと藤沢は誠を解放し、顔を前に向けた。
「さて、ここまで登ってきた者の特権だ。この景色に敬意を表して思いっきり叫ぶぞ。せーの!」
「「「「「やっほー!!」」」」」
今までの疲れを吹き飛ばすような五人分の山彦が、眼下に広がる山々にいつまでも木霊していった。
あとがき
この「藤の庭園」も6万HIT、皆様ここまでのご愛顧ありがとうございます。と言うわけで6万HIT記念SSとしてこのSSを書き始めたわけですが、やっぱり1年以上のブランクはきつかったです(^^;)
まあ、それはさておき、藤沢先生強いですねぇ。鬼神をのぞいたらエルハザード最強の称号は間違いなく先生なんではないでしょうか?まあ、お酒が切れていればの話ですけど。
最初の予定では山頂にたどり着くのは先生だけの予定だったのですが、記念SSにしてはあまりにも不毛な話になりそうなので途中で路線変更。全員が無事、この山の征服者となりました。うわあ、藤沢先生、格好良すぎるぅ(^^;;;)
では、これからも「藤の庭園」をよろしくお願いいたします♪
2002.4.28 藤 ゆたか
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